【ここから先、立入禁止】〜私が決めますね、その線は〜
第17回:効率と非効率の選択、その境界線
効率的にやれば、誰でも同じ成果にたどり着ける。
だから強い意志もないのに非効率ぶるのは、ただの時間と体力の無駄遣い。
組織にとっても本人にとっても、害悪でしかない。
けれど、強い意志があるなら非効率を選んでもいい。そこにしか生まれない価値があるから。
効率が何よりだ!と豪語する天才の方々へ。
皆さんの経験則や経験値、本当にすべて効率的に積み上げてきたんでしょうか?
無駄に怒られたり、気づかなかったミスでやり直ししたり、ひたすらインプットとアウトプットを繰り返したりしてこなかったんですか?
どう見ても全部、非効率の塊ですよね。
人から怒られないように最初から完璧に立ち回り、ケアレスミス生涯ゼロ、手戻りなし。
一度見たものは即座に記憶に定着する。
そんな瞬間記憶能力をお持ちなら、ぜひ拝ませていただきたいものです。
効率化を否定するつもりはない。
ただ、それだけでうまくやれる人間なんてそうはいない。
自分の土台には、数え切れないほどの非効率が積み重なっているはず。
その事実を、いつの間にか忘れているだけ。
この線の地下の話(せんちか話)
非効率は「引き出しを開ける行為」に似ている。
自分の意志で開ければ「開けた」という事実だけが残る。中身が空でも、そこにネガティブな感情はつかない。
だが、我慢してやらされた引き出しは、結局「二度と開けたくない」という嫌悪感だけを残す。学びはゼロ。
知らない分野に挑むなら、まずは手当たり次第に開けてみればいい。理解は二の次。「知らない」を「知った」に変える。
それだけで次のステップは軽くなる。
経験を積んだ今の自分にも、まだ開けていない引き出しは残っている。非効率に挑む場面は消えない。そのとき大事なのは成果ではなく、自分の意志で「開けた」という事実を刻むこと。
効率と非効率の境界線は、意志にある。効率は意志が弱いときの逃げ道。非効率は意志が強いときにだけ許される選択。だが非効率を選ぶなら、その中にどれだけ効率を仕込めるかを問われる。
基本受け身な私でも、自分の意志で非効率を選ぶことはある。だからこそ、選んだ以上は無駄な後悔はしない。意志を偽れば、自分で自分を裏切るだけ。
今日はこのせんで。