【ここから先、立入禁止】
〜私が決めますね、その線は〜
第9回:対話したいの、私は ー コミュニケーションとの境界線
「伝え方が悪いんじゃない?」
そう言われたこと、何度あるだろう。
でもね、それを言う前に一度だけ、思ってほしいの
「こっちの設計図、見ようとしてくれた?」って。
仕事の場で、私たちはよく「コミュニケーションが大事」って言われる。
空気を読んで、相手の表情を見て、うまくやれって。
でもそれって、キャッチボールなんだよね。
感情を投げて、なんとなく受け止め合う。
わかりあえた“気がする”ことがゴールになってる。
でも私は、対話がしたいの。
あなたの設計図を見せてほしいし、私の設計図も見てほしい。
ちゃんと「何を、なぜ、そう考えたのか」をすり合わせて、
同じ構造物を見つめていたいの。
それって、そんなに我が儘かな?
今日はこのせんで。
この線の地下の話(せんちか話)
仕事で言う「コミュニケーション」って、
本来は「対話」を成立させるための技術だったはず。
伝える力、汲み取る力、表現の工夫――
全部、相手と設計図を照らし合わせるための道具だった。
でも今は、それがすり替わってる。
「言い方が〜」「空気を読んで〜」
そんな“雰囲気の共有”ばかり重視されて、
肝心の中身のすり合わせ=対話が置いてけぼりになってる。
◆コミュニケーションとは?
コミュニケーションは、例えるならキャッチボール。
お互いに感情や言葉を投げ合って、テンポや温度感を共有するもの。
多少言葉が足りなくても、空気が読めてればOKとされる。
目的は「共感」や「円滑なやりとり」にある。
大事なのは感性や雰囲気を察する力。
ただ、相手と同じ構造を理解する必要までは求められない。
◆対話とは?
一方、対話は設計図の照らし合わせ。
使っている言葉の定義や、背景の前提を明らかにしながら、
お互いの考え方の構造を突き合わせていくもの。
ここで大事になるのは、
・前提を示す力
・定義を明確にする力
・違いを受け止める冷静さ
つまり「共感」ではなく、理解をゴールにしている。
そしてこの“理解する”には、技術がいる。
察するだけじゃ足りないし、雰囲気ではどうにもならない。
◆汲み取る力とは?
よく「汲み取ってよ」とか「察してよ」って言われるけど、
それって感情の話ばかりじゃない?
でも、本当の意味での“汲み取る”って、
相手の感情を読むことじゃなくて、
相手の前提や構造まで想像し、照らし合わせることだと思うの。
そこを誤解したまま「伝わらなかった」って落ち込むのも、
「察せなかった」と怒るのも、どっちも違う気がする。
◆最後に、線引きの一言
コミュニケーションは温度、対話は構造。
共感できなくても、理解はできる。